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自然に直接触れ、自分の目で触って、感じられる場が少ない現状の中、「体験型自然科学の教室 natural science」は、子どもたち自身が、自然に直接触れ、自分の目で見て、五感で感じられる場、「発見」していける場を大切にします。「体験型自然科学の教室 natural science」は、子どもたちに科学の知識を一方的に与える場ではありません。「科学者と一緒に 子どもと科学する(あそぶ)週末、お父さんと科学できる(あそべる)日曜日」と題し、現役科学者と子どもたちとお父さんとが、「ワクワク」を共有できる場です。宮城県の豊かな自然の中で、月一回程度の定期的な開催を目指しています。

現役科学者は自然という現場で、子どもたちと同じように自然を「見て、触ります」。そこで子どもたちと共鳴した「ワクワク」を自然への問いかけである実験へとつなげ、自然と人間との協力で概念を形づくっていきます。それらの実験は、学校の授業やサイエンスショーのように、「起承転結」が用意されているものではありません。そもそも科学とは、自然への問いかけである「起」からはじまり、数々のプロセスを経た結果生まれる概念です。はじめから完成されている科学体系など存在し得ません。はじめから科学を完成されたものとして与えてしまえば、問いかけである「起」さえも生まれる余地はなくなってしまうでしょう。
「体験型自然科学の教室 natural science」という場にあるもの。それは、多様な要素を内包する自然と、現役科学者と子どもたちの「ワクワク」です。そしてそれらが共鳴して、自然への問いかけである「起」が生まれます。子どもたちは、自然から「発見」し、現役科学者の後ろ姿からも「発見」します。その「発見」は、子どもたちひとりひとり、みなちがうものです。「発見」のひとつひとつが、こどもたちひとりひとりの世界になります。
「発見」は、何も子どもたちだけのものではありません。子どもたちと一緒に、自然を直接見て、触って、「発見」しませんか?子どもたちの「発見」を、「発見」しませんか?大人が子どもに「〜してあげる」必要性はありません。自然の中で共鳴した「ワクワク」のひとつひとつが、子どもたちの世界を支える基盤となっていきます。科学者と一緒に、週末の自然の中で、子どもたちと科学し(あそび)ませんか?
「体験型自然科学の教室 natural science」で生まれる、「発見」から「実験」へのナチュラルな発展の結果は、「natural science CAFE」等で、参加者の皆様、地域の方々に発表します。
「体験型自然科学の教室 natural science」は、応援団の方々のあたたかいご声援によって成り立っております。地域の皆様と共に、このような取り組みを地域に根ざした形で広げることを私どもは目指しております。皆様からのあたたかいご声援を、お待ちしております。

FIELD AND NETWORK 対談(2006年3月18日) より
昨今の理科離れの原因は、自然に直接触れ、自分の目で見るという機会が少ないという点にあると考えています。 一生懸命自然を見れば、皆それぞれ見え方が違います。その見え方の違いに、それぞれの考えや個性が出ます。このように現実は、皆違って個別のもの。目で見て現実を触れば、子どもは面白がって何でも覚えるし、考えるものです。
ところが今の理科教育は、 「自分の目を信じちゃいけません。目に見えない分子を理解し、信じなさい」です。普遍的なものを理解することで、 ひたすら目に見えない抽象概念を信じろと教え込む。これでは、「信じれば、救われますよ」という変な宗教と同じですよ。例えば、 目に見えないDNAを信じれば、すっきりと気持ちよく理解することはできます。しかしDNA発見の本質は、 多様な自然現象には普遍的な法則が存在するという点にあるのです。理科嫌い、とてもいいことですよ。今の理科教育で理科を好きになっちゃダメです。

本川 達雄
1948年仙台生まれ。東京工業大学教授。専門は生物学。科学とは自然の見方、つまり世界観を与えるものだという考えのもとに、生物学的世界観を分かりやすく説く著書を執筆している。とくに生物学から時間について考えた「ゾウの時間ネズミの時間」(中公新書、講談社出版文化賞)はベストセラーとなった。高等学校の生物文部科学省検定教科書、検定外教科書の著者でもある。理科教育も分かりやすく親しみやすいものにしようという考えから、生物学の歌をつくっており、歌う生物学者としても知られている。